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昔より絶えせぬ川の末なれば
淀むばかりを何嘆くらん

歌の意味
昔から絶えることのない川の末の流れなのだから、しばらく淀むくらいのことを、どうして嘆くのだろうか。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1649

詞書「御返し」
 川に寄せて身を嘆く一連の三首目で、前歌への返歌である。昔から絶えることのない川の末流なのだから、しばらく淀むくらいのことを何を嘆くのかと応じる。
 作者の「円融院御歌」は、円融天皇の歌の意である。円融天皇は村上天皇の皇子で、兼家の娘詮子を女御とした。

 初句「昔より」は、昔から、の意である。
 二句「絶えせぬ川の」は、絶えることのない川の、の意である。前歌の「絶えぬばかりも」を受け、家の流れは絶えるはずもないと打ち消している。
 三句「末なれば」は、その末流であるから、の意である。已然形に「ば」が付き、確定の条件を表す。
 四句「淀むばかりを」は、しばらく淀むくらいのことを、の意である。一時の不遇を、川の淀みにたとえている。
 結句「何嘆くらん」は、どうして嘆くのだろうか、の意である。「らん」は原因を推量する。前歌の「嘆きけるかな」に対して、嘆くには及ばなかったと慰める返歌である。

すゑ:川の下流。子孫
よどむ:水がとどこおって流れない
作者
円融天皇
出典
新古今和歌集
前の歌
かかる瀬もありけるものを宇治川の 絶えぬばかりも嘆きけるかな
次の歌
もののふの八十うぢ川の網代木に いさよふ波のゆくへ知らずも