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もののふの八十うぢ川の網代木に
いさよふ波のゆくへ知らずも

歌の意味
宇治川の網代木に打ち寄せてためらうようにたゆたう波は、どこへ流れてゆくのか、その行方も分からないことだ。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1650

詞書「題しらず」
 川に寄せて身を嘆く一連の四首目である。宇治川の網代木にたゆたう波の行方も知れないと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
 作者の「人麿」は柿本人麻呂である。持統天皇と文武天皇の代に仕えた歌人で、後世、歌聖と仰がれた。
 『万葉集』巻三に、人麻呂が近江国から都へ上る途中、宇治川のほとりで詠んだ歌として載る。
 網代は、川の瀬に竹や木を編んで立て、魚を取る仕掛けである。宇治川の網代は、冬の氷魚を取るものとして知られた。

 初句「もののふの」は、朝廷に仕える多くの氏の意から、「八十氏」を導く序である。
 二句「八十うぢ川の」の「うぢ」には、多くの「氏」の意と、地名の「宇治」が掛けられている。前歌までの宇治川の流れを受けている。
 三句「網代木に」は、網代を支える杭に、の意である。
 四句「いさよふ波の」は、ためらうようにたゆたう波の、の意である。流れを堰かれて進みかねる波の姿をいう。
 結句「ゆくへ知らずも」は、行方もわからないことだ、の意である。「も」は詠嘆の終助詞である。前の三首が家の流れの浮き沈みを詠んだのに対し、ここでは流れゆくもの全体の定めなさが詠まれる。

もののふ:朝廷に仕える者。武人
うぢ:氏の意と、地名の宇治を掛ける
あじろぎ:網代を支えるために川に打った杭
いさよふ:ためらう。たゆたう
作者
柿本人麻呂
出典
新古今和歌集
前の歌
昔より絶えせぬ川の末なれば 淀むばかりを何嘆くらん
次の歌
わが世をば今日か明日かと待つかひの 涙の滝といづれ高けん