- 歌の意味
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水源が空に見えるのは、白雲が立ちのぼるのと見まがう布引の滝であるからだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1652
詞書「京極前太政大臣布引の滝見にまかりて侍りけるに」
布引の滝を詠む一連の二首目である。水源が空にあるように見えるのは、白雲の立つのと見まがう布引の滝だと詠む。詞書によれば、父の京極前太政大臣が布引の滝を見に出かけた折の歌である。
作者の「二条関白内大臣」は藤原師通である。京極前太政大臣藤原師実の子で、関白内大臣に至った。
初句「水上の」は、滝の水の源の、の意である。
二句「空に見ゆるは」は、空に見えるのは、の意である。滝の落ち口が高く、空から水が流れ出るように見えることをいう。
三句「白雲の」は、白い雲の、の意である。滝の白さを雲にたとえる。
四句「たつにまがへる」の「たつ」には、雲が「立つ」の意と、布を「裁つ」の意が掛けられ、結句の「布」と縁語をなす。「まがへる」は、見まがう、の意である。
結句「布引の滝」は体言止めで、見立ての正体を結句で明かす。前歌が滝の高さを涙と競わせたのに対し、ここでは滝の高さを空に届くものとして描く。
みなかみ:川や滝の水源
たつ:雲が立つ意と、布を裁つ意を掛ける
まがふ:入りまじって見分けがつかなくなる
- 作者
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藤原師通
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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わが世をば今日か明日かと待つかひの 涙の滝といづれ高けん
- 次の歌
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久方の天つ乙女が夏衣 雲居にさらす布引の滝