山里は人来させじと思はねど
訪はるることぞうとくなりゆく
- 歌の意味
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山里では、人を来させまいと思っているわけではないけれども、人に訪ねられることが、しだいに間遠になってゆく。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1660
詞書は前の歌に続き「題しらず」
山里に住む心を詠む一連の三首目である。人を来させまいと思っているわけではないが、訪ねて来る人がしだいに間遠になってゆくと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者は前歌に続き西行である。俗名を佐藤義清といい、鳥羽院の北面の武士であったが、二十三歳で出家した。
初句「山里は」は、主題となる山里を示す。
二句「人来させじと」は、人を来させまいと、の意である。「じ」は打消しの意志を表す。
三句「思はねど」は、思ってはいないけれども、の意である。「ど」は逆接を表す。
四句「訪はるることぞ」は、人に訪ねられることが、の意である。係助詞「ぞ」によって、訪れの少なくなることを強める。
結句「うとくなりゆく」は、しだいに疎遠になってゆく、の意である。係助詞「ぞ」を受けて連体形「なりゆく」で結ぶ係り結びである。前歌で友を求めた心に対し、実際には訪れる人さえ遠のいてゆく現実を詠む。
うとし:疎遠である
とふ:訪ねる
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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山里に憂き世厭はん友もがな 悔しく過ぎし昔語らん
- 次の歌
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草の庵を厭ひてもまたいかがせん 露の命のかかる限りは