いつか我苔の袂に露置きて
知らぬ山路の月を見るべき
- 歌の意味
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いつになったら私は、墨染の苔の袂に露を置いて、見知らぬ山道の月を眺めることができるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1664
詞書「西行法師百首歌勧めて詠ませ侍りけるに」
山の住まいと山路を詠む一連の一首目である。いつになったら苔の袂に露を置き、知らない山路の月を見ることができるのかと、出家への憧れを詠む。詞書によれば、西行が勧めて詠ませた百首歌の中の歌である。
作者の「家隆朝臣」は、藤原光隆の子で、『新古今和歌集』の撰者の一人である。藤原俊成に和歌を学んだ。
西行が伊勢で勧めて詠ませた百首は二見浦百首と呼ばれ、若い日の定家や家隆がこれに応じた。
初句「いつか我」は、いつになったら私は、の意である。「か」は疑問の係助詞である。
二句「苔の袂に」は、僧の衣の袂に、の意である。前歌の「苔の衣」を受け、出家した身の衣をいう。
三句「露置きて」は、露を置いて、の意である。山路の露と涙の露を重ねる。
四句「知らぬ山路の」は、まだ知らない山道の、の意である。
結句「月を見るべき」は、係助詞「か」を受けて「べし」の連体形「べき」で結ぶ係り結びである。僧となって山路の月を見る日を待ち望む。前歌の熊野に籠る人の苔の衣を、今度はわが身の望みとして詠む。
たもと:袖の下の袋状の部分。袖
こけのたもと:僧や隠者の衣の袖
- 作者
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藤原家隆
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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世を背く山の南の松風に 苔の衣や夜寒なるらん
- 次の歌
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今は我松の柱の杉の庵に 閉づべきものを苔深き袖