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影宿す露のみしげくなり果てて
草にやつるる故郷の月

歌の意味
月の光を宿す露ばかりが一面に多くなってしまって、生い茂る草の中にみすぼらしく見える、荒れた故郷の月であることよ。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1668

詞書「五十首歌奉りし時」
 荒れた住まいを詠む一連の一首目である。月影を宿す露ばかりが多くなり、草にやつれて見える故郷の月を詠む。詞書によれば、五十首歌を奉った折の歌である。
 作者の「雅経」は、藤原頼経の子で、『新古今和歌集』の撰者の一人である。蹴鞠にもすぐれ、飛鳥井家の祖となった。

 初句「影宿す」は、月の光を映す、の意である。
 二句「露のみしげく」は、露ばかりが多く、の意である。「のみ」によって、訪れる人はなく露ばかりが多いことを示す。
 三句「なり果てて」は、すっかりそうなってしまって、の意である。
 四句「草にやつるる」は、草の中にみすぼらしく見える、の意である。本来は人の姿を言う「やつる」を月に用いて、荒れた故郷の寂しさを月の姿に託している。
 結句「故郷の月」は体言止めで、荒れた旧居を照らす月を置いて結ぶ。前歌の訪れのない山路から、人の住まなくなった故郷へと移る。

やつる:みすぼらしくなる。やつれる
ふるさと:以前住んでいた所。古びて荒れた里
作者
飛鳥井雅経
出典
新古今和歌集
前の歌
忘れじの人だに訪はぬ山路かな 桜は雪に降り変はれども
次の歌
煙絶えて焼く人もなき炭竈の 跡のなげきを誰か樵るらん