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八十あまり西の迎へを待ちかねて
住み荒らしたる柴の庵ぞ

歌の意味
八十歳を過ぎて、西方浄土からの迎えを待ちかねたまま、住み荒らしてしまった柴の庵なのです。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1670

詞書「老後津の国なる山寺にまかり籠りけるに、寂蓮尋ねまかりて侍りけるに、庵のさま住み荒らしてあはれに見え侍りけるを、帰りて後とぶらひて侍りければ」
 荒れた住まいを詠む一連の三首目である。八十歳を過ぎ、西方浄土の迎えを待ちかねて住み荒らした柴の庵であると詠む。詞書によれば、年老いて摂津国の山寺に籠っていたところ、寂蓮が訪ねてきて、庵が荒れてあわれに見えたのを、帰った後に見舞ってきたので、それに答えた歌である。
 作者の「西日法師」については、詞書から、老いて摂津国の山寺に籠った僧であったことが知られるほかは明らかでない。

 初句「八十あまり」は、八十歳を過ぎて、の意である。六音の字余りである。
 二句「西の迎へを」は、西方の極楽浄土からの迎えを、の意である。臨終に阿弥陀仏が迎えに来るという信仰による。
 三句「待ちかねて」は、待ちきれずに、待ち続けて、の意である。
 四句「住み荒らしたる」は、住むうちに荒らしてしまった、の意である。寂蓮の見舞いにあった庵の荒れようを、自ら認めて答える。
 結句「柴の庵ぞ」は、柴で作った庵である、の意である。係助詞「ぞ」で言い切って結ぶ。前の二首の荒れた故郷や主なき炭竈に対し、ここでは主がなお住みながら荒れた庵が詠まれ、往生を待つ老僧の心がにじむ。

やそぢ:八十歳
しばのいほり:柴で作った粗末な住まい
とぶらふ:見舞う。訪ねる
作者
西日法師
出典
新古今和歌集
前の歌
煙絶えて焼く人もなき炭竈の 跡のなげきを誰か樵るらん
次の歌
山里に訪ひ来る人の言種は この住まゐこそ羨ましけれ