いかにせん賤が園生の奥の竹
かき籠るともよの中ぞかし
- 歌の意味
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どうしたらよいのだろう。身分の低い者の庭の奥の竹のように、奥深く引き籠ったとしても、竹に節があるように、そこもやはり世の中なのだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1673
詞書「述懐百首歌詠み侍りけるに」
昔を偲ぶ述懐の一連の二首目である。賤しい者の庭の奥の竹のように奥深く籠っても、やはりそこも世の中なのだと詠む。詞書によれば、述懐百首を詠んだ折の歌である。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は、藤原俊忠の子で、定家の父である。『千載和歌集』を撰んだ。出家して釈阿と名のった。
述懐百首は、俊成が若い頃に、わが身の不遇を述べて詠んだ百首歌である。
初句「いかにせん」は、どうしたらよいのだろう、の意である。初句で嘆きを投げかけて始める。
二句「賤が園生の」は、身分の低い者の庭の、の意である。
三句「奥の竹」は、庭の奥に生える竹である。体言で句が切れる三句切れで、奥深く籠ることのたとえとなる。
四句「かき籠るとも」は、引き籠ったとしても、の意である。「かき」は語調を強める接頭語である。
結句「よの中ぞかし」の「よ」には、「世」と、竹の「節」が掛けられている。「ぞかし」は強く念を押す言い方である。どこに籠ろうと世の中から逃れられないことを、竹の節に寄せて示す。前歌の一変した世に続き、逃れがたい世を詠む。
しづ:身分の低い者
そのふ:草木を植えた庭
よ:世の意と、竹の節の意を掛ける
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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斧の柄の朽ちし昔は遠けれど ありしにもあらぬ世をも経るかな
- 次の歌
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明け暮れは昔をのみぞしのぶ草 葉末の露に袖濡らしつつ