秋されば狩人越ゆる立田山
立ちても居ても物をしぞ思ふ
- 歌の意味
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秋になると狩人が越えて行く立田山、その「たつ」ではないが、立っていても座っていても、物思いばかりしていることだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1688
詞書の記載なし
古歌を置く巻末の一連の一首目である。秋になると狩人が越える立田山の名のように、立っても居ても物思いをすると詠む。原文には詞書の記載がなく、詠まれた事情は記されていない。
作者の「人麿」は柿本人麻呂である。持統天皇と文武天皇の代に仕えた歌人で、後世、歌聖と仰がれた。
『万葉集』に類歌が見える。立田山は大和国と河内国の境の山で、紅葉の名所として知られる。
初句「秋されば」は、秋になると、の意である。「さる」は、その時節がやって来る、の意である。
二句「狩人越ゆる」は、狩りをする人が越えて行く、の意である。
三句「立田山」は、大和国の立田山である。初句から三句までが、同じ音の「立ち」を導く序詞となる。
四句「立ちても居ても」は、立っていても座っていても、の意である。三句の「立田」の音を受けて、いつも、どうしていても、の意を示す。
結句「物をしぞ思ふ」は、物思いをしている、の意である。「し」は強めの副助詞で、係助詞「ぞ」を受けて連体形「思ふ」で結ぶ係り結びである。前歌の山人の嘆きに続き、ひたすらな物思いを古歌の調べで詠む。
さる:その時節がやって来る
かりびと:狩りをする人
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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なげきこる身は山ながら過ぐせかし 憂き世の中に何帰るらん
- 次の歌
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朝倉や木の丸殿に我が居れば 名のりをしつつ行くは誰が子ぞ