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朝倉や木の丸殿に我が居れば
名のりをしつつ行くは誰が子ぞ

歌の意味
朝倉の、丸木造りの御殿に私がいると、名のりをしながら通り過ぎて行くのは、いったい誰の子であろうか。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1689

詞書の記載なし
 古歌を置く巻末の一連の二首目で、巻第十七の巻末歌である。朝倉の木の丸殿にいると、名のりをしながら通って行くのは誰の子かと詠む。原文には詞書の記載がなく、詠まれた事情は記されていない。
 作者の「天智天皇御歌」は、天智天皇の歌の意である。天智天皇は舒明天皇の皇子で、中大兄皇子として大化の改新を進め、近江の大津宮で即位した。
 朝倉は筑前国の地で、現在の福岡県朝倉市にあたる。斉明天皇は百済救援のため筑紫に下り、朝倉の宮で崩じた。木の丸殿は、丸木のまま造った粗末な御殿である。
 巻第十七は、天智天皇の皇子である河島皇子の歌で始まり、父の天智天皇の歌で終わる。巻頭に『万葉集』の古歌二首を置き、巻末にも人麻呂と天智天皇の古歌二首を置いて、首尾を古歌で整えている。

 初句「朝倉や」は、筑前の朝倉の地をいう。「や」は詠嘆の間投助詞で、場所を強く示す。
 二句「木の丸殿に」は、丸木造りの粗末な御殿に、の意である。
 三句「我が居れば」は、私がいると、の意である。已然形に「ば」が付き、確定の条件を表す。
 四句「名のりをしつつ」は、名のりを上げながら、の意である。御殿の前を通る者が、自らの名を告げて行くさまをいう。
 結句「行くは誰が子ぞ」は、通って行くのは誰の子であろうか、の意である。係助詞「ぞ」で問いかけて結ぶ。巻頭の第千五百八十八首の河島皇子の歌と呼応し、父子の古歌で巻第十七を閉じる。

きのまろどの:丸木のまま造った粗末な御殿
なのり:自分の名を告げること
作者
天智天皇
出典
新古今和歌集
前の歌
秋されば狩人越ゆる立田山 立ちても居ても物をしぞ思ふ
次の歌
あしひきのこなたかなたに道はあれど 都へいざといふ人ぞなき