そのかみの玉のかつらをうちかへし
今は衣の裏を頼まむ
- 歌の意味
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その昔いただいた玉の髪飾りをお返しして、今は衣の裏に縫いこめられた玉、すなわち仏の教えを頼みにしよう。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1712
詞書「后に立ちたまひける時、冷泉院の后の宮の御額をたてまつりたまへりけるを、出家の時返したてまつりたまふとて」
出家に際して衣や飾りを贈り、また返す歌の二首目である。后に立ったとき贈られた玉の髪飾りを、出家に際してお返しし、今は衣の裏の玉を頼みにしよう、と詠む。詞書によれば、后に立った折に冷泉院の后の宮から贈られた額の飾りを、出家のときに返し奉った際の歌である。
作者の「東三条院」は藤原詮子である。藤原兼家の娘で、円融天皇の女御となり一条天皇を生んだ。皇太后となったのち出家し、初めての女院として東三条院と号した。
「衣の裏」は、『法華経』五百弟子受記品に説かれる衣裏繋珠の喩えを踏まえる。友人が酔って眠る男の衣の裏に宝珠を縫いこんだが、男はそれに気づかず貧しく暮らしたという話で、誰もが持つ仏性にたとえられる。
初句「そのかみの」は、その昔の、の意である。「かみ」に、出家によって下ろす髪を響かせるとも解される。
二句「玉のかつらを」は、玉で飾った髪飾りをいい、詞書の「御額」を指す。后としての栄えの象徴である。
三句「うちかへし」は、お返しして、の意である。前歌の三句と同じ語が置かれ、前歌では衣を裏返す意であったのが、本歌では品を返す意に用いられている。
四句「今は衣の」は、出家した今の身をいう。「衣」は法衣を思わせる。
結句「裏を頼まむ」は、衣の裏の宝珠、すなわち仏の教えを頼みにしよう、の意である。「む」は意志の助動詞で、華やかな玉の飾りに代えて、衣の裏の玉を頼む覚悟を示している。次歌でも「裏の玉」が詠まれる。
たまのかつら:玉で飾った髪飾り
みひたひ:額に着ける飾り
- 作者
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藤原詮子
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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なれ見てし花の袂をうちかへし 法の衣を裁ちぞかへつる
- 次の歌
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尽きもせぬ光の間にもまぎれなで 老いてかへれるかみのつれなさ