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いにしへの海人や煙となりぬらむ
人目も見えぬ塩竈の浦

歌の意味
昔の海人は、塩を焼く煙となって消えてしまったのだろうか。人の姿も見えない塩竈の浦よ。
鑑賞
巻第十八 雑歌下 1717

詞書「屏風の絵に塩竈の浦かきて侍りけるを」
 浦を詠む歌の二首目である。昔ここで塩を焼いていた海人は、その煙となって消えてしまったのだろうか、人の姿も見えない塩竈の浦よ、と詠む。詞書によれば、屏風に描かれた塩竈の浦の絵を見て詠んだ歌で、人影のない画面に、過ぎ去った人々への思いを寄せている。
 作者の「一条院皇后宮」は藤原定子である。藤原道隆の娘で、一条天皇の中宮、のちに皇后となった。清少納言が仕えたことで知られる。
 塩竈の浦は陸奥国、今の宮城県塩竈市の海辺で、海人が藻塩を焼く煙で知られる歌枕である。

 初句「いにしへの」は、昔の、の意である。絵の景に過ぎ去った時を重ねて見ている。
 二句「海人や煙と」は、海人が塩焼く煙と化して、の意である。「や」は疑問の係助詞で、海人の姿がない理由を問いかける。本巻の第千七百二首から続いた海人を詠む歌とも響き合う。
 三句「なりぬらむ」は、係助詞「や」を受けて現在推量の助動詞「らむ」の連体形で結ぶ係り結びである。なってしまったのだろうか、と推し量り、ここで句切れとなる。
 四句「人目も見えぬ」は、人の姿も見えない、の意である。絵に人が描かれていないことを、海人が煙となったためかと見なしている。
 結句「塩竈の浦」は、体言止めで歌枕の名を置き、一首を結ぶ。前歌の「浦々」を受けて、浦を詠む歌が続く。

ひとめ:人の姿。人の往来
しほがま:海水を煮つめて塩を作る釜
作者
藤原定子
出典
新古今和歌集
前の歌
潮の間に四方の浦々尋ぬれど 今は我が身のいふかひもなし
次の歌
都より雲の八重立つ奥山の 横川の水はすみよかるらむ