古典和歌stream

夢かともなにか思はむ憂き世をば
背かざりけむほどぞ悔しき

歌の意味
夢かとも、どうして思おうか。つらいこの世を捨てずにいた間のことこそ、悔やまれるのだ。
鑑賞
巻第十八 雑歌下 1720

詞書「世を背きて小野といふ所に住み侍りける頃、業平朝臣の雪のいと高う降り積みたるをかき分けてまうで来て、夢かとぞ思ふ思ひきやとよみ侍りけるに」
 世を捨てた人の暮らしを詠む歌の一首で、在原業平の歌への返歌である。今の暮らしを夢かなどとは思わない、つらい世をもっと早く捨てなかったことこそ悔やまれる、と詠む。詞書によれば、出家して小野に住んでいた頃、深く積もった雪をかき分けて訪ねてきた業平が「夢かとぞ思ふ思ひきや」と詠んだのに答えた歌である。
 作者の「惟喬親王」は、文徳天皇の第一皇子である。母は紀静子で、皇位には就かず、出家して比叡山の麓の小野に隠棲した。
 業平の歌は『古今和歌集』雑歌下の「忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪踏み分けて君を見むとは」で、『伊勢物語』にも見える。雪を踏み分けて親王を訪ね、その変わり果てた姿に、夢ではないかと嘆いたものである。

 初句「夢かとも」は、業平の歌の「夢かとぞ思ふ」を受けている。相手の言葉を引いて答える、贈答の形である。
 二句「なにか思はむ」の「か」は反語の係助詞で、推量の助動詞「む」の連体形で結ぶ係り結びである。どうして夢などと思おうか、思いはしない、の意となり、ここで句切れとなる。
 三句「憂き世をば」は、つらいこの世を、の意である。「をば」が強く取り立て、捨てるべき世を示す。
 四句「背かざりけむ」は、捨てずにいたであろう、の意である。「けむ」は過去推量の助動詞で、出家する前の日々を振り返っている。
 結句「ほどぞ悔しき」は、係助詞「ぞ」を受けて形容詞の連体形「悔しき」で結ぶ係り結びである。業平が夢のようだと嘆いた今の境遇をむしろ肯い、出家の遅れを悔やむ心で答えている。

そむく:世を捨てる。出家する
ほど:時間。間
作者
惟喬親王
出典
新古今和歌集
前の歌
ももしきの内のみ常に恋しくて 雲の八重立つ山はすみうし
次の歌
雲居飛ぶ雁の音近き住まひにも なほ玉章はかけずやありけむ