天つ風吹飯の浦にゐる鶴の
などか雲居に帰らざるべき
- 歌の意味
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天の風が吹く、吹飯の浦にいる鶴が、どうして雲居に帰れないことがあろうか。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1723
詞書「殿上離れ侍りてよみ侍りける」
宮中を離れた者の歌である。吹飯の浦に降りている鶴も、いつかは雲居に帰らないことがあろうか、と詠む。詞書によれば、殿上に昇ることを許されなくなったときの歌で、浦の鶴に自分を重ね、やがて宮中に戻る日を期している。
作者の「藤原清正」は、藤原兼輔の子である。紀伊守などを務め、三十六歌仙の一人に数えられる。
吹飯の浦は和泉国、今の大阪府泉南郡岬町の海辺で、「天つ風」と取り合わされて詠まれる歌枕である。
初句「天つ風」は、空を吹く風の意で、「吹く」の音から地名の「吹飯」を導いている。
二句「吹飯の浦に」は歌枕の地名である。都から離れた浦に、宮中を離れた身を重ねる。
三句「ゐる鶴の」は、浦に降りている鶴をいう。鶴は雲居を飛ぶ鳥として、作者自身のたとえとなっている。
四句「などか雲居に」の「雲居」は空のことで、宮中をたとえる。「などか」は反語で、どうして、の意である。前々歌の「雲居飛ぶ」に続き、雲居の語が重ねられる。
結句「帰らざるべき」は、「などか」を受けて連体形「べき」で結ぶ。どうして帰らないことがあろうか、必ず帰る、という反語で、宮中へ戻る日への強い望みを示している。
てんじやう:清涼殿の殿上の間。そこに昇ることを許されること
たづ:鶴
- 作者
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藤原清正
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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白露は置きて変はれどももしきの うつろふ秋はものぞ悲しき
- 次の歌
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いにしへの馴れし雲居を忍ぶとや 霞を分けて君たづねけむ