大淀の浦に刈り干すみるめだに
霞に絶えて帰る雁がね
- 歌の意味
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大淀の浦で刈って干す海松布さえ、霞に隔てられて見ることもできなくなり、雁は北へ帰ってゆく。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1725
詞書「最勝四天王院の障子に大淀かきたる所」
大淀の浦を詠む一首である。大淀の浦で刈り干す海松布さえ霞に隔てられて見えなくなり、雁が帰ってゆく、と詠む。詞書によれば、最勝四天王院の障子に描かれた大淀の絵に添えた歌である。「見る目」すら絶えて去る雁の姿に、名残を惜しむ心を託している。
作者の「定家朝臣」は藤原定家である。藤原俊成の子で、『新古今和歌集』の撰者の一人であり、のちに『新勅撰和歌集』を単独で撰んだ。
最勝四天王院は、後鳥羽院が京の白河に建立した御願寺で、その障子には諸国の名所の絵が描かれ、歌人たちの歌が添えられた。大淀の浦は伊勢国の海辺で、歌枕である。
初句「大淀の」は、伊勢国の歌枕である。障子絵に描かれた名所の名を初めに置く。
二句「浦に刈り干す」は、浦で海藻を刈って干す、の意である。海人の営みの景を描く。
三句「みるめだに」の「みるめ」は、海藻の海松布の意と、見る目すなわち逢う機会の意とを掛ける掛詞である。「だに」は、せめてそれだけでも、の意の副助詞である。
四句「霞に絶えて」は、霞に隔てられて途絶えて、の意である。前歌で霞を分けて訪れた人が詠まれたのに対し、本歌では霞が見ることを絶つものとなっている。
結句「帰る雁がね」は、北へ帰ってゆく雁をいう。体言止めで、見る目さえ絶えた浦を去ってゆく雁の姿を余韻として残している。
みるめ:海藻の海松布の意と、見る目(逢う機会)の意を掛ける
かりがね:雁。また雁の鳴き声
- 作者
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藤原定家
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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いにしへの馴れし雲居を忍ぶとや 霞を分けて君たづねけむ
- 次の歌
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浜千鳥ふみおく跡のつもりなば かひある浦にあはざらめやは