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滝つ瀬に人の心を見ることは
昔に今も変はらざりけり

歌の意味
激しく流れる滝の瀬に、それを設けた人の心を見ることは、昔も今も変わらないことだ。
鑑賞
巻第十八 雑歌下 1727

詞書「上東門院高陽院におはしましけるに行幸侍りて、堰き入れたる滝を御覧じて」
 滝と水の流れを詠む歌の一首目である。流れ落ちる滝の瀬に、それを設けた人の心を見ることは、昔も今も変わらない、と詠む。詞書によれば、母の上東門院が高陽院に滞在していたときに行幸し、邸内に水を引き入れて造った滝を見て詠んだ歌である。滝に込められたもてなしの心をたたえている。
 作者の「後朱雀院」は後朱雀天皇である。一条天皇の皇子で、母は上東門院彰子である。
 高陽院は藤原頼通の邸宅である。

 初句「滝つ瀬に」は、激しく流れ落ちる滝の瀬に、の意である。詞書の、庭に引き入れた滝を指す。
 二句「人の心を」は、滝を造った人の心、すなわち主人の心づかいをいう。
 三句「見ることは」は、見て取ることは、の意である。水の勢いや趣向に、人の思いを読み取っている。
 四句「昔に今も」は、昔も今も、の意である。庭の滝を愛でて主人の心を知るならいが、古くから続くことをいう。
 結句「変はらざりけり」の「けり」は、気づきを表す詠嘆の助動詞である。変わらぬならいを確かめる形で、もてなしへの感謝を示している。次歌でも「堰き入れし水」が詠まれる。

たきつせ:激しく流れる瀬。滝
せきいる:水をせき止めて引き入れる
作者
後朱雀天皇
出典
新古今和歌集
前の歌
浜千鳥ふみおく跡のつもりなば かひある浦にあはざらめやは
次の歌
浅からぬ心ぞ見ゆる音羽川 堰き入れし水の流れならねど