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草分けて立ち居る袖のうれしさに
絶えず涙の露ぞこぼるる

歌の意味
草を分けて立ったり座ったりして拝礼するわが子の袖を見るうれしさに、絶えず涙の露がこぼれることだ。
鑑賞
巻第十八 雑歌下 1731

詞書「大江挙周はじめて殿上ゆるされて、草深き庭におりて拝しけるを見侍りて」
 子の昇進を喜ぶ歌である。草を分けて立ったり座ったりして拝礼する子の袖を見るうれしさに、涙の露が絶えずこぼれる、と詠む。詞書によれば、子の大江挙周が初めて殿上を許され、草深い庭に下りて拝舞したのを見て詠んだ歌である。本巻の第千七百二十三首が殿上を離れた嘆きを詠んだのに対し、ここでは殿上を許された喜びが詠まれる。
 作者の「赤染衛門」は、赤染時用の娘である。大江匡衡の妻で、挙周の母にあたる。上東門院彰子に仕えた。

 初句「草分けて」は、草深い庭の草を分けて、の意である。詞書の「草深き庭」を受けている。
 二句「立ち居る袖の」は、立ったり座ったりして拝舞する袖をいう。殿上を許された礼として行う拝舞の姿である。
 三句「うれしさに」は、うれしさのあまり、の意で、涙の原因を示す。
 四句「絶えず涙の」は、絶え間なく流れる涙をいう。うれし涙であることが、三句によって明らかになっている。
 結句「露ぞこぼるる」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「こぼるる」で結ぶ係り結びである。「露」は涙のたとえで、初句の「草」の縁語となり、庭の草の露と母の涙とが重ねられている。

はいす:拝礼する。拝舞する
たちゐる:立ったり座ったりする
作者
赤染衛門
出典
新古今和歌集
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ひとり寝の今宵も明けぬ誰としも 頼まばこそは来ぬも恨みめ
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