頼みこし我が古寺の苔の下に
いつしか朽ちむ名こそ惜しけれ
- 歌の意味
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頼みにしてきたわが古寺の苔の下に、いつのまにか朽ち果ててしまうであろう名が惜しいことだ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1741
詞書「例ならぬこと侍りけるに、無動寺にてよみ侍りける」
病の床で死を思う歌である。頼みにしてきたわが古寺の苔の下で、やがて朽ちてゆく名が惜しい、と詠む。詞書によれば、病んでいたときに無動寺で詠んだ歌で、長く修行の場としてきた寺に葬られる日を思い、身とともに名が朽ちることを惜しんでいる。
作者の「前大僧正慈円」は、藤原忠通の子で、九条兼実の弟にあたる。天台座主を四度務め、史論書『愚管抄』を著した。原文に作者名はなく、前歌から続く。
無動寺は、比叡山東塔の南にある無動寺谷の寺である。
初句「頼みこし」は、頼みにしてきた、の意である。「こ」はカ変動詞「来」の未然形、「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、長年頼りとしてきたことをいう。
二句「我が古寺の」は、長く住み慣れた寺、すなわち無動寺を指す。
三句「苔の下に」は、墓の下に、の意である。六音の字余りで、死後に葬られる所を重く示す。
四句「いつしか朽ちむ」は、いつのまにか朽ちてしまうであろう、の意である。「む」は推量の助動詞である。
結句「名こそ惜しけれ」は、係助詞「こそ」を受けて形容詞の已然形「惜しけれ」で結ぶ係り結びである。前歌で身の置き所なさを嘆いたのに続き、身が朽ちるとともに名も消えてゆくことを惜しんでいる。
こけのした:苔の下。墓の中
くつ:腐ってだめになる。朽ち果てる
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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世の中の晴れゆく空に降る霜の 憂き身ばかりぞ置き所なき
- 次の歌
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繰り返し我が身の咎を求むれば 君もなき世にめぐるなりけり