かくしつつ夕べの雲となりもせば
あはれかけても誰か偲ばむ
- 歌の意味
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このようにして夕べの雲となって消えてしまったならば、哀れと心にかけてでも、誰がわたしを偲んでくれるだろうか。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1746
詞書「例ならで太秦に籠もりて侍りけるに、心細くおぼえければ」
死後を思う歌である。このまま夕べの雲となって消えたならば、哀れと思って偲んでくれる人などいるだろうか、と詠む。詞書によれば、病を得て太秦に籠もっていたとき、心細く思われて詠んだ歌である。死後に思い出してくれる人のいない寂しさを案じている。
原文では、この詞書の前に「かく言ひければ、たださずなりにけり」とある。これは前歌に続く後日の記事で、前歌によってとがめを免れたことを記したものであるから、本歌の詞書からは除いた。
作者の「周防内侍」は、平棟仲の娘である。後冷泉天皇から堀河天皇まで四代の天皇に仕えた女房で、父が周防守であったことからこの名で呼ばれる。
太秦は山城国の地で、広隆寺がある。病気平癒などを祈って人々が参籠した。
初句「かくしつつ」は、このようにしながら、の意である。病んで籠もっている今の状態を指す。
二句「夕べの雲と」は、火葬の煙が夕べの雲となることをいい、死を意味する。
三句「なりもせば」は、なりでもしたならば、の意である。「せば」は仮定を表し、死を仮に思い描いている。
四句「あはれかけても」は、哀れと心にかけてでも、の意である。
結句「誰か偲ばむ」の「か」は反語の係助詞で、推量の助動詞「む」の連体形で結ぶ係り結びである。誰も偲んではくれまい、という意となる。本巻の第千七百三十八首の「偲ばむ人のなきぞ悲しき」と同じ嘆きが、ここでも詠まれている。
うづまさ:山城国の地名。広隆寺がある
こもる:寺社に泊まり込んで祈る
- 作者
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周防内侍
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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大空に照る日の色をいさめても 天の下には誰か住むべき
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思はねど世を背かむといふ人の 同じ数にや我もなるらむ