数ならぬ身をも心の持ち顔に
浮かれては又帰り来にけり
- 歌の意味
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取るに足りないこの身をも、心はわがもの顔に持っているかのように、さまよい出てはまた帰ってきてしまうことだ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1748
詞書は前の歌に続き「題しらず」
世を背くことを詠む歌の二首目で、西行の歌四首の一首目である。取るに足りない身なのに、心はそれを自分のものとして持っているかのように、さまよい出てはまた身に帰ってくる、と詠む。身と心とが思うように離れない出家者の心のありさまを見つめている。
作者の「西行法師」は、俗名を佐藤義清といい、鳥羽院に北面の武士として仕えたが、若くして出家した。諸国を旅して歌を詠み、家集に『山家集』がある。
初句「数ならぬ」は、数にも入らない、取るに足りない、の意である。前歌の「同じ数」と「数」の語で響き合う。
二句「身をも心の」は、わが身をも心が、の意である。身と心とを分けて見る発想が示される。
三句「持ち顔に」は、持っているような顔つきで、わがもの顔に、の意である。
四句「浮かれては」は、心が身を離れてさまよい出ては、の意である。
結句「又帰り来にけり」の「けり」は、気づきを表す詠嘆の助動詞である。さまよい出た心が結局は身に戻ってくることを知り、身を捨てきれない心を嘆いている。
かずならず:取るに足りない
うかる:心が落ち着かずにさまよい出る
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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思はねど世を背かむといふ人の 同じ数にや我もなるらむ
- 次の歌
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愚かなる心の引くにまかせても さてさはいかに終の思ひは