愚かなる心の引くにまかせても
さてさはいかに終の思ひは
- 歌の意味
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愚かな心の引かれるままにまかせていたとしても、さてそれならば、最期の時の思いはどうなるのか。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1749
詞書は前の歌に続き「題しらず」
世を背くことを詠む歌の三首目で、西行の歌四首の二首目である。愚かな心の引かれるままにまかせて生きていても、それならば臨終の思いはどうなるのか、と自らに問う。前歌で身を離れてさまよう心を見つめたのに続き、その心がどこへ向かうかを、死の際にまで引きつけて問うている。
作者の「西行法師」は、俗名を佐藤義清といい、鳥羽院に北面の武士として仕えたが、若くして出家した。諸国を旅して歌を詠み、家集に『山家集』がある。原文に作者名はなく、前歌から続く。
初句「愚かなる」は、迷いから抜け出せない愚かな、の意である。
二句「心の引くに」は、心が引かれるままに、の意である。世の物事に引かれる心をいう。
三句「まかせても」は、まかせていても、の意である。「ても」は逆接仮定を表し、下の句の問いを導く。
四句「さてさはいかに」は、さてそれならばどうなのか、の意である。畳みかけるような問いの口調で、自らに詰め寄っている。
結句「終の思ひは」は、臨終の際の思いをいう。倒置によって最後に置かれ、臨終に心を乱さずに仏を念じられるかという切実な問いで一首を結んでいる。
つひのおもひ:臨終の際の思い
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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数ならぬ身をも心の持ち顔に 浮かれては又帰り来にけり
- 次の歌
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年月をいかで我が身に送りけむ 昨日の人も今日はなき世に