受けがたき人の姿に浮かび出でて
懲りずや誰もまた沈むべき
- 歌の意味
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受けることの難しい人の身に浮かび出てきたのに、懲りもせずに誰もがまた迷いの世に沈んでゆくのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1751
詞書は前の歌に続き「題しらず」
世を背くことを詠む歌の五首目で、西行の歌四首の四首目である。受けることの難しい人の身にせっかく生まれ出たのに、懲りもせずに誰もがまた迷いの世に沈んでゆくのか、と詠む。人として生まれた機会を仏道に生かさない人々を嘆き、自らを戒めている。
作者の「西行法師」は、俗名を佐藤義清といい、鳥羽院に北面の武士として仕えたが、若くして出家した。諸国を旅して歌を詠み、家集に『山家集』がある。原文に作者名はなく、前歌から続く。
「受けがたき人の姿」は、人として生まれることは難しいという、仏典にいう「人身受け難し」の教えを踏まえる。
初句「受けがたき」は、受けることの難しい、の意である。仏教で、人に生まれることの難しさをいう語である。本巻の第千七百五十五首でも同じ語が用いられる。
二句「人の姿に」は、人の身に、の意である。六道を輪廻する中で、人として生を受けたことをいう。
三句「浮かび出でて」は、迷いの世界から浮かび上がって生まれ出て、の意である。結句の「沈む」と対をなす。
四句「懲りずや誰も」の「や」は疑問の係助詞である。これまで迷いの世に沈んできたことに懲りもせず、の意である。
結句「また沈むべき」は、係助詞「や」を受けて連体形「べき」で結ぶ係り結びである。浮かんだ身がまた沈むという対比で、仏道に向かわない人の愚かさを嘆いている。
うけがたし:受けることが難しい。人の身として生まれることの難しさをいう
こる:懲りる
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
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年月をいかで我が身に送りけむ 昨日の人も今日はなき世に
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背きてもなほ憂きものは世なりけり 身を離れたる心ならねば