身の憂さを思ひ知らずはいかがせむ
厭ひながらもなほ過ぐすかな
- 歌の意味
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わが身のつらさを思い知らないのであれば、どうしようもない。だが思い知っていながら、世を厭いつつも、なおこうして過ごしていることよ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1753
詞書「述懐の心をよめる」
世を背くことを詠む歌の七首目である。わが身のつらさを思い知らないのならしかたがないが、思い知っていながら、世を厭いつつもなお過ごしている、と詠む。世を厭う心がありながら、それを行いに移せない自分を嘆いている。詞書によれば、述懐の心を詠んだ歌である。
作者の「寂蓮法師」は、俗名を藤原定長といい、藤原俊成の甥で、その養子となった。出家後も歌人として活躍し、『新古今和歌集』の撰者に任じられたが、完成を見ずに没した。原文に作者名はなく、前歌から続く。
初句「身の憂さを」は、わが身のつらさを、の意である。
二句「思ひ知らずは」は、思い知らないのならば、の意である。「ずは」は打消の仮定を表す。
三句「いかがせむ」は、どうしようもない、の意である。思い知らないのなら仕方がないと言い、ここで句切れとなる。
四句「厭ひながらも」は、世を厭いながらも、の意である。前歌の「背きても」に対し、本歌は厭いながら背ききれない身を詠む。
結句「なほ過ぐすかな」の「かな」は詠嘆の終助詞である。つらさを知りながら日を送る自分への嘆きで一首を結んでいる。
いとふ:嫌って避ける。世を嫌う
じゆつくわい:心中の思いや不遇を述べること
- 作者
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寂蓮
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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背きてもなほ憂きものは世なりけり 身を離れたる心ならねば
- 次の歌
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何事を思ふ人ぞと人問はば 答へぬ先に袖ぞ濡るべき