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うち絶えて世に経る身にはあらねども
あらぬ筋にも罪ぞ悲しき

歌の意味
まったく俗世に生きている身ではないけれども、思いもよらない方面でも罪を作ってしまうのが悲しい。
鑑賞
巻第十八 雑歌下 1756

詞書は前の歌に続き「述懐の心をよめる」
 世を背くことを詠む歌の十首目で、慈円の歌三首の三首目である。すっかり俗世に生きる身ではないのに、思いもよらない方面でまで罪を作ってしまうのが悲しい、と詠む。僧の身でありながら、世の事にかかわって罪を重ねることを嘆いている。
 作者の「前大僧正慈円」は、藤原忠通の子で、九条兼実の弟にあたる。天台座主を四度務め、史論書『愚管抄』を著した。原文に作者名はなく、前歌から続く。

 初句「うち絶えて」は、まったく、すっかり、の意である。三句の打消と呼応する。
 二句「世に経る身には」は、俗世に暮らす身には、の意である。
 三句「あらねども」は、あるわけではないけれども、の意である。「ども」は逆接の接続助詞である。
 四句「あらぬ筋にも」は、思いもよらない方面でも、の意である。三句の「あらね」と「あらぬ」とが重ねられている。
 結句「罪ぞ悲しき」は、係助詞「ぞ」を受けて形容詞の連体形「悲しき」で結ぶ係り結びである。出家の身でありながら罪から逃れられない嘆きで、慈円の三首を結んでいる。

すぢ:方面。筋道
ふ:時を過ごす。世に暮らす
作者
慈円
出典
新古今和歌集
前の歌
いたづらに過ぎにしことや嘆かれむ 受けがたき身の夕暮の空
次の歌
山里に契りし庵や荒れぬらむ 待たれむとだに思はざりしを