- 歌の意味
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秋の過ぎるのを惜しんでも、わたしの涙に宿る月もまた、自ら進んで慣れ親しんだ袖の上で、去りゆく秋を恨んでいるようだ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1764
詞書は前の歌に続き「和歌所にて述懐の心を」
和歌所で述懐の心を詠む一連の八首目で、一連の最後の歌である。秋を惜しんで流す涙に月も自ら宿り、慣れ親しんだ袖の上で、ともに去りゆく秋を恨んでいる、と詠む。涙の袖に宿る月に、自らの憂いを重ねている。
作者の「皇太后宮大夫俊成女」は藤原俊成女である。藤原盛頼と八条院三条の娘で、祖父の藤原俊成の養女となった。源通具の妻となった。
初句「惜しむとも」は、秋の過ぎるのを惜しんでも、の意である。「とも」は逆接仮定を表す。
二句「涙に月も」は、涙に宿る月も、の意である。涙の露に月の光が映ることをいう。
三句「心から」は、自分の心から、自ら進んで、の意である。月が自ら涙に宿ることをいう。
四句「馴れぬる袖に」は、慣れ親しんだ袖に、の意である。本巻の第千七百五十八首の「馴れゆく月」と「袖」とが同じく詠まれ、袖の涙に宿る月という趣向が一連の中で呼応している。
結句「秋を恨みて」は、去りゆく秋を恨んで、の意である。「て」で言いさして余韻を残し、和歌所での述懐の一連を秋の嘆きで結んでいる。
なる:慣れ親しむ
こころから:自分の心から。自ら進んで
- 作者
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藤原俊成女
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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君が代にあへるばかりの道はあれど 身をば頼まず行く末の空
- 次の歌
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浮き沈み来む世はさてもいかにぞと 心に問ひて答へかねぬる