浮き沈み来む世はさてもいかにぞと
心に問ひて答へかねぬる
- 歌の意味
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浮き沈みするこの世はともかく、来世はさていったいどうなるのかと、自分の心に問うてみて、答えられずにいることだ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1765
詞書「千五百番歌合に」
世を厭いながら捨てきれない心を詠む歌の一首目で、藤原良経の歌三首の一首目である。浮き沈みするこの世はともかく、来世はどうなるのかと自らの心に問うて、答えかねている、と詠む。来世への不安を、自問自答の形で述べている。
作者の「摂政太政大臣」は藤原良経である。九条兼実の子で、摂政太政大臣に至った。『新古今和歌集』の仮名序を執筆し、書にも優れた。
千五百番歌合は、後鳥羽院が歌人三十人に百首ずつ詠ませて番えた歌合で、史上最大の規模をもつ。
初句「浮き沈み」は、浮いたり沈んだりすること、この世での栄枯盛衰をいう。
二句「来む世はさても」は、来世はさて、の意である。「来む世」は来世のことで、初句のこの世と対比される。
三句「いかにぞと」は、どうなのかと、の意である。問いかけの形をとる。
四句「心に問ひて」は、自分の心に尋ねて、の意である。問う者と問われる者とが同じ自分であることを示す。
結句「答へかねぬる」は、答えることができずにいる、の意である。連体形「ぬる」で言いさして詠嘆をこめ、来世への答えを持たない身の不安を余韻として残している。
こむよ:来世
こたへかぬ:答えることができない
- 作者
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藤原良経
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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惜しむとも涙に月も心から 馴れぬる袖に秋を恨みて
- 次の歌
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我ながら心の果てを知らぬかな 捨てられぬ世のまた厭はしき