我ながら心の果てを知らぬかな
捨てられぬ世のまた厭はしき
- 歌の意味
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自分のことながら、心の行き着く果てがわからないことだ。捨てることのできない世が、それでいてまた厭わしいのだから。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1766
詞書「題しらず」
世を厭いながら捨てきれない心を詠む歌の二首目で、藤原良経の歌三首の二首目である。捨てられない世がまた厭わしくもあり、自分の心ながら行き着く果てがわからない、と詠む。世を捨てられない心と、世を厭う心とが同居する矛盾を見つめている。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「摂政太政大臣」は藤原良経である。原文に作者名はなく、前歌から続く。九条兼実の子で、摂政太政大臣に至った。『新古今和歌集』の仮名序を執筆し、書にも優れた。
初句「我ながら」は、自分のことでありながら、の意である。
二句「心の果てを」は、心の行き着く先を、の意である。前歌の「心に問ひて」を受け、心の行方を見つめる。
三句「知らぬかな」の「かな」は詠嘆の終助詞である。自分の心がわからないと嘆き、ここで句切れとなる。
四句「捨てられぬ世の」は、捨てることのできない世が、の意である。「れ」は可能の助動詞「る」の未然形である。
結句「また厭はしき」は、それでいてまた厭わしい、の意である。連体形で言いさして詠嘆をこめ、捨てられないのに厭わしいという矛盾を、心の果てを知らぬ理由として示している。
いとはし:嫌だ。わずらわしい
- 作者
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藤原良経
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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浮き沈み来む世はさてもいかにぞと 心に問ひて答へかねぬる
- 次の歌
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押し返し物を思ふは苦しきに 知らず顔にて世をや過ぎまし