今日までは人を嘆きて暮れにけり
いつ身の上にならむとすらむ
- 歌の意味
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今日までは、亡くなった人を嘆いて日が暮れてしまった。いつそれがわが身の上のことになろうとしているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1787
詞書「世の中常なき頃」
無常を詠む歌の一首目である。今日までは亡くなった人を嘆いて日を暮らしてきたが、いつそれがわが身の上のことになるのだろうか、と詠む。詞書によれば、世の中に死が相次ぎ無常が身にしみた頃の歌で、他人の死を嘆くうちに、自らの死を身近に思う心を述べている。
作者の「大江嘉言」は、平安中期の歌人で、対馬守に任じられた。
初句「今日までは」は、今日までのところは、の意である。「は」が、これから先とは違う、という含みを持たせる。
二句「人を嘆きて」は、亡くなった人のことを嘆いて、の意である。
三句「暮れにけり」は、日が暮れてしまった、の意である。一日の暮れと、人を嘆いて日々を送ってきたこととを重ね、ここで句切れとなる。
四句「いつ身の上に」は、いつわが身の上のことに、の意である。二句の「人」と「身」とが対をなす。
結句「ならむとすらむ」は、なろうとしているのだろうか、の意である。「らむ」は現在推量の助動詞で、自らの死がいつ訪れるかを案じる心で結んでいる。
みのうへ:わが身に関わること
- 作者
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大江嘉言
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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みちのくのいはでしのぶはえぞ知らぬ 書き尽くしてよ壺の碑
- 次の歌
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道芝の露にあらそふ我が身かな いづれかまづは消えむとすらむ