道芝の露にあらそふ我が身かな
いづれかまづは消えむとすらむ
- 歌の意味
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道ばたの芝草に置く露と、はかなさを競い合うわが身であることよ。どちらが先に消えようとしているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1788
詞書「題しらず」
無常を詠む歌の二首目である。道ばたの芝草に置く露とはかなさを競うわが身だ、露と自分とどちらが先に消えるのだろうか、と詠む。露にたとえて、いつ尽きるとも知れない命のはかなさを嘆いている。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「清慎公」は藤原実頼である。藤原忠平の子で、関白太政大臣に至った。没後に清慎公と諡された。
初句「道芝の」は、道ばたに生える芝草をいう。人に踏まれる草として、はかなさを添える。
二句「露にあらそふ」は、露と競い合う、の意である。露のはかなさと命のはかなさとを競わせている。
三句「我が身かな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、ここで句切れとなる。
四句「いづれかまづは」は、どちらが先に、の意である。「か」は疑問の係助詞である。
結句「消えむとすらむ」は、係助詞「か」を受けて現在推量の助動詞「らむ」の連体形で結ぶ係り結びである。「消ゆ」は露の縁語で、前歌の、いつわが身の上になるかという問いを受け、露とわが身の先後を問うている。
みちしば:道ばたに生える芝草
あらそふ:競い合う
- 作者
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藤原実頼
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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今日までは人を嘆きて暮れにけり いつ身の上にならむとすらむ
- 次の歌
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何とかや壁に生ふなる草の名よ それにもたぐふ我が身なりけり