数ならで世にすみの江の澪標
いつをまつともなき身なりけり
- 歌の意味
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取るに足りない身で世に住み、住の江の澪標のように身を尽くしても、いつを待つというあてもない身であることだ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1792
詞書「題しらず」
松を詠む歌の二首目である。取るに足りない身として世に住み、住の江の澪標のように身を尽くしても、いつを待つというあてもない、と詠む。不遇の身の嘆きを、住の江の澪標と松に託している。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「後頼朝臣」は源俊頼である。原文の表記は「後頼」であるが、俊頼の誤りと見られる。源経信の子で、『金葉和歌集』を撰び、歌論書『俊頼髄脳』を著した。
住の江は摂津国、今の大阪市住吉区の海辺で、住吉の松や澪標とともに詠まれる歌枕である。
初句「数ならで」は、取るに足りない身で、の意である。
二句「世にすみの江の」の「すみ」は、世に住む意と、地名の住の江とを掛ける掛詞である。
三句「澪標」は、船の通る水路を示すために立てた杭である。「みをつくし」の音に「身を尽くし」を響かせ、身を尽くして仕えてきたことを思わせる。
四句「いつをまつとも」の「まつ」は、待つ意と、住の江の名物である松とを掛ける掛詞である。
結句「なき身なりけり」の「けり」は、気づきを表す詠嘆の助動詞である。報われる時を待つあてもない身と思い知り、不遇を嘆いている。次歌も住吉の松を詠む。
みをつくし:船の通路を示すために立てた杭。「身を尽くし」を響かせる
すむ:住む意と、住の江の「すみ」を掛ける
まつ:待つ意と、松を掛ける
- 作者
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源俊頼
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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千年経る松だに朽つる世の中に 今日とも知らで立てる我かな
- 次の歌
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憂きながら久しくぞ世を過ぎにける あはれやかけし住吉の松