嵐吹く峰の紅葉の日にそへて
もろくなりゆく我が涙かな
- 歌の意味
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嵐の吹く峰の紅葉が日ごとに散りやすくなってゆくように、日を追ってもろくこぼれやすくなってゆくわたしの涙であることよ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1803
詞書「述懐百首歌よみける時紅葉を」
秋の景に寄せてもの思いを詠む歌の二首目である。嵐の吹く峰の紅葉が日ごとに散りやすくなるように、日を追って涙もろくなってゆく、と詠む。老いと憂いの深まりを、散りやすくなる紅葉に託している。詞書によれば、述懐百首の中で紅葉を題として詠んだ歌である。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。藤原俊忠の子で、『千載和歌集』を撰んだ。藤原定家の父である。
初句「嵐吹く」は、激しい風の吹く、の意である。
二句「峰の紅葉の」は、峰の木々の紅葉である。前歌の木枯らしに色づく木の葉を受けている。
三句「日にそへて」は、日を追うにつれて、日ごとに、の意である。
四句「もろくなりゆく」は、もろく、散りやすくなってゆく、の意である。紅葉の散りやすさと、涙のこぼれやすさとを一語で結んでいる。
結句「我が涙かな」の「かな」は詠嘆の終助詞である。紅葉を涙のたとえとし、年を重ねるほどに涙もろくなる身を嘆いている。
もろし:壊れやすい。こぼれやすい
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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木枯らしの風にもみぢて人知れず 憂きことの葉のつもる頃かな
- 次の歌
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うたた寝は荻吹く風に驚けど 長き夢路ぞ覚むる時なき