暮れぬめりいくかをかくて過ぎぬらむ
入相の鐘のつくづくとして
- 歌の意味
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日が暮れてしまったようだ。幾日をこうして過ごしてきたのだろう。入相の鐘がつかれるのを、つくづくと聞きながら。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1807
詞書は前の歌に続き「題しらず」
夕暮を詠む歌の二首目で、和泉式部の歌二首の二首目である。日が暮れたようだ、幾日をこうして過ごしてきたのか、入相の鐘の音をつくづくと聞きながら、と詠む。変わりばえのしない日々を、夕暮の鐘の音とともに振り返っている。
作者の「和泉式部」は、大江雅致の娘である。和泉守橘道貞の妻となったことからこの名で呼ばれる。為尊親王、敦道親王との恋で知られ、のちに上東門院彰子に仕えた。原文に作者名はなく、前歌から続く。
初句「暮れぬめり」は、日が暮れてしまったようだ、の意である。「めり」は推定の助動詞で、ここで句切れとなる。
二句「いくかをかくて」は、幾日をこのようにして、の意である。
三句「過ぎぬらむ」は、過ごしてきたのだろうか、の意である。「らむ」は現在推量の助動詞で、ここでも句切れとなる。
四句「入相の鐘の」は、日暮れに寺でつく鐘をいう。次歌も同じ「入相の鐘」を詠む。
結句「つくづくとして」の「つく」は、鐘をつく意と、つくづくと、しみじみと思う意とを掛ける掛詞である。鐘の音に誘われて、過ぎた日々をしみじみと思う心で結んでいる。
いりあひのかね:日暮れに寺でつく鐘
いくか:何日
つくづく:しみじみと。つくづくと
- 作者
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和泉式部
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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夕暮は雲のけしきを見るからに ながめじと思ふ心こそつけ
- 次の歌
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待たれつる入相の鐘の音すなり 明日もやあらば聞かむとすらむ