位山跡を尋ねてのぼれども
子を思ふ道になほ迷ひぬる
- 歌の意味
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位山を、先祖の跡をたどって登ってきたけれども、子を思う道には、やはり迷ってしまうことだ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1814
詞書「百首歌たてまつりし時」
親しい人との間の情を詠む歌の四首目である。先祖の跡をたどって位山を登るように官位を昇ってきたが、子を思う道にはやはり迷ってしまう、と詠む。高い位に至りながらも、子の行く末を案じる親の心に迷う身を述べている。詞書によれば、百首歌を奉った折の歌である。
作者の「土御門内大臣」は源通親である。源雅通の子で、内大臣に至り、後鳥羽院の近臣として権勢をふるった。源通具の父である。
位山は飛騨国の山で、その名から官位の昇進に掛けて詠まれる歌枕である。結句までの下の句は、藤原兼輔の『後撰和歌集』の歌「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」を踏まえる。
初句「位山」は、飛騨国の歌枕である。その名によって官位を思わせ、官位の昇進を山を登ることにたとえている。
二句「跡を尋ねて」は、先祖の足跡をたどって、の意である。先祖と同じく高い位に至ったことをいう。
三句「のぼれども」は、登ってきたけれども、の意である。山を登る意と、位が昇る意とを重ねている。
四句「子を思ふ道に」は、藤原兼輔の歌の句をそのまま用いている。子を思う親心を道にたとえる。前歌の育ての親から、子を思う親の歌へと移る。
結句「なほ迷ひぬる」は、やはり迷ってしまう、の意である。連体形「ぬる」で言いさして詠嘆をこめ、位山の道には迷わなかった身が、子を思う道には迷うという対比で、親心の深さを示している。
くらゐやま:飛騨国の山。官位の意を掛けて詠まれる
- 作者
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源通親
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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あはれとて育みたてしいにしへは 世を背けとも思はざりけむ
- 次の歌
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昔だに昔と思ひしたらちねの なほ恋しきぞはかなかりける