小笹原風待つ露の消えやらず
このひとふしを思ひおくかな
- 歌の意味
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小笹原で風を待つ露のように、今にも消えそうでまだ消えきらずに、この一つのことを心に残していることだ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1822
詞書「病限りにおぼえ侍りける時、定家朝臣中将転任のこと申すとて、民部卿範光がもとにつかはしける」
草木に寄せて思いを詠む歌の五首目である。小笹原で風を待つ露のように、今にも消えそうな命ながら、この一つのことだけは心に残している、と詠む。詞書によれば、病が重く最期と思われたとき、子の定家の中将への転任を願うために、民部卿藤原範光のもとへ贈った歌である。死を前にしてなお子の昇進を案じる親心を述べている。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。藤原俊忠の子で、『千載和歌集』を撰んだ。藤原定家の父である。
藤原範光は後鳥羽院の近臣で、民部卿を務めた。
初句「小笹原」は、小さな笹の生える野原である。前歌までの葛の葉から、笹へと草木が移る。
二句「風待つ露の」は、吹けばすぐ散る露が風を待っている、の意である。死の近い命をたとえる。
三句「消えやらず」は、消えきらずに、の意である。まだ命の尽きない身をいう。
四句「このひとふしを」の「ひとふし」は、笹の一節の意と、一つの事柄の意とを掛ける掛詞である。定家の転任の一事を指す。
結句「思ひおくかな」の「おく」は、思いを残す意に、露が置く意を重ねる。「かな」は詠嘆の終助詞で、死を前にしての子への思いの深さを示している。本巻の第千八百十四首の、子を思う道に迷う親の歌とも響き合う。
をざさはら:小さな笹の生える野原
ひとふし:笹の一節の意と、一つの事柄の意を掛ける
おもひおく:心に残す
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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秋風はすごく吹けども葛の葉の うらみ顔には見えじとぞ思ふ
- 次の歌
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世の中を今はの心つくからに 過ぎにし方ぞいとど恋しき