思ふべき我が後の世はあるかなきか
なければこそはこの世には住め
- 歌の意味
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思うべきわが後世は、あるのかないのか。後世を思う心がないからこそ、この世に住んでいられるのだ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1827
詞書は前の歌に続き「題しらず」
世を厭う心を詠む歌の五首目で、慈円の歌五首の五首目である。思うべきわが後世は、あるのかないのか、後世を思う心がないからこそ、この世に住んでいられるのだ、と詠む。後世を真に思うならこの世にとどまっていられないはずだと、自らを厳しく省みている。
作者の「前大僧正慈円」は、藤原忠通の子で、九条兼実の弟にあたる。天台座主を四度務め、史論書『愚管抄』を著した。原文に作者名はなく、前歌から続く。
初句「思ふべき」は、思わなければならない、の意である。
二句「我が後の世は」は、わたしの後世は、の意である。
三句「あるかなきか」は、あるのかないのか、の意である。六音の字余りで、問いの重さを示し、ここで句切れとなる。
四句「なければこそは」は、ないからこそ、の意である。係助詞「こそ」が結句と呼応する。
結句「この世には住め」は、係助詞「こそ」を受けて已然形「住め」で結ぶ係り結びである。後世を思う心がないからこそ、この世に安住していられるのだと、慈円の五首を自省で結んでいる。
のちのよ:来世
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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何ゆゑにこの世を深く厭ふぞと 人の問へかしやすく答へむ
- 次の歌
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世を厭ふ名をだにもさはとどめおきて 数ならぬ身の思ひ出にせむ