身の憂さを思ひ知らでややみなまし
背くならひのなき世なりせば
- 歌の意味
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世を背くというならわしのない世であったならば、わが身のつらさを思い知らないままで終わってしまっただろうか。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1829
詞書は前の歌に続き「題しらず」
世を厭う心を詠む歌の七首目で、西行の歌四首の二首目である。世を背くというならわしのない世であったなら、わが身のつらさを思い知らずに終わっただろうか、と詠む。出家という道があるからこそ、かえって世のつらさを知るのだという逆説を述べている。
作者の「西行法師」は、俗名を佐藤義清といい、鳥羽院に北面の武士として仕えたが、若くして出家した。諸国を旅して歌を詠み、家集に『山家集』がある。原文に作者名はなく、前歌から続く。
初句「身の憂さを」は、わが身のつらさを、の意である。本巻の第千七百五十三首の寂蓮の歌と同じ初句である。
二句「思ひ知らでや」は、思い知らないで、の意である。「や」は疑問の係助詞である。
三句「やみなまし」は、係助詞「や」を受けて反実仮想の助動詞「まし」の連体形で結ぶ係り結びである。終わってしまっただろうか、の意で、ここで句切れとなる。
四句「背くならひの」は、世を背く習わしの、の意である。出家という道を指す。
結句「なき世なりせば」の「せば」は、三句の「まし」と呼応して反実仮想を表す。倒置によって仮定を後に示し、出家の道があるゆえに世の憂さを知るという逆説を示している。
ならひ:習わし。慣習
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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世を厭ふ名をだにもさはとどめおきて 数ならぬ身の思ひ出にせむ
- 次の歌
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いかがすべき世にあらばやは世をも捨てて あな憂の世やとさらに思はむ