いかがすべき世にあらばやは世をも捨てて
あな憂の世やとさらに思はむ
- 歌の意味
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どうしたらよいのだろう。俗世にいるのであれば、世を捨てもして、ああつらい世だと改めて思うこともできようが。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1830
詞書は前の歌に続き「題しらず」
世を厭う心を詠む歌の八首目で、西行の歌四首の三首目である。どうしたらよいのか、俗世にいるのであれば世を捨てて、ああつらい世だと改めて思うこともできようが、と詠む。すでに世を捨てた身には、もはや捨てるべき世もなく、なお残る憂さのやり場がない心を述べている。
作者の「西行法師」は、俗名を佐藤義清といい、鳥羽院に北面の武士として仕えたが、若くして出家した。諸国を旅して歌を詠み、家集に『山家集』がある。原文に作者名はなく、前歌から続く。
初句「いかがすべき」は、どうしたらよいのだろう、の意である。六音の字余りで、途方に暮れる思いを強く示し、ここで句切れとなる。
二句「世にあらばやは」は、俗世にいるのであれば、の意である。「やは」は反語の係助詞で、結句の連体形「思はむ」と呼応する。
三句「世をも捨てて」は、世を捨てもして、の意である。六音の字余りである。
四句「あな憂の世やと」は、ああ、つらい世だなあと、の意である。「あな」は感動詞、「憂」は形容詞「憂し」の語幹である。
結句「さらに思はむ」は、改めて思うこともできようが、の意である。字余りの続く破格の調べで、捨てた後にもなお残る憂さへの戸惑いを示している。
あなう:ああ、つらい。「あな」は感動詞
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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身の憂さを思ひ知らでややみなまし 背くならひのなき世なりせば
- 次の歌
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何事にとまる心のありければ さらにしもまた世の厭はしき