何事にとまる心のありければ
さらにしもまた世の厭はしき
- 歌の意味
-
何事かに引き留められる心があったので、改めてまた、世が厭わしく思われるのだろうか。
- 鑑賞
-
巻第十八 雑歌下 1831
詞書は前の歌に続き「題しらず」
世を厭う心を詠む歌の九首目で、西行の歌四首の四首目である。何事かに心が引き留められているからこそ、改めてまた世が厭わしく思われるのだ、と詠む。世を厭う心の底に、なお世への執着があることを見抜いている。
作者の「西行法師」は、俗名を佐藤義清といい、鳥羽院に北面の武士として仕えたが、若くして出家した。諸国を旅して歌を詠み、家集に『山家集』がある。原文に作者名はなく、前歌から続く。
初句「何事に」は、何かの事柄に、の意である。
二句「とまる心の」は、引き留められる心の、の意である。世への執着をいう。
三句「ありければ」は、あったので、の意である。「ば」は已然形に付く順接確定条件である。
四句「さらにしもまた」は、改めてまた、の意である。「しも」は強意の副助詞である。前歌の結句「さらに思はむ」と同じ「さらに」の語が重ねられる。
結句「世の厭はしき」は、世が厭わしい、の意である。連体形で言いさして詠嘆をこめ、厭うことそのものが執着の裏返しであるという逆説で、西行の四首を結んでいる。
とまる:心が引き留められる。執着する
いとはし:嫌だ。わずらわしい
- 作者
-
西行
- 出典
-
新古今和歌集
- 前の歌
-
いかがすべき世にあらばやは世をも捨てて あな憂の世やとさらに思はむ
- 次の歌
-
昔より離れがたきは憂き世かな かたみに忍ぶ仲ならねども