数ならぬ身を何ゆゑに恨みけむ
とてもかくても過ごしける世を
- 歌の意味
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取るに足りないこの身を、どうして恨んだりしたのだろう。どうにかこうにか過ごしてこられた世であるのに。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1834
詞書「題しらず」
世を離れて生きる身を詠む歌の二首目で、行尊の歌二首の二首目である。取るに足りない身をどうして恨んだりしたのだろう、どうにかこうにか過ごしてこられた世なのに、と詠む。かつて身の不遇を恨んだことを、今は省みて、あるがままの身を受け入れる心を述べている。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「大僧正行尊」は、源基平の子で、園城寺の僧となり、大峰や熊野などで厳しい修行を重ねた。大僧正に至り、天台座主も務めた。原文に作者名はなく、前歌から続く。
初句「数ならぬ」は、取るに足りない、の意である。本巻の第千八百三十八首も同じ初句で始まる。
二句「身を何ゆゑに」は、この身を、どういうわけで、の意である。
三句「恨みけむ」は、恨んだのだろう、の意である。「けむ」は過去推量の助動詞で、「何ゆゑに」を受けて連体形で結び、ここで句切れとなる。
四句「とてもかくても」は、ああであってもこうであっても、どうにかこうにか、の意である。
結句「過ごしける世を」は、過ごしてきた世なのに、の意である。「を」は詠嘆を込めた逆接の接続助詞で、恨む必要のなかったことを悟る心を示している。
とてもかくても:どのようであっても。どうにかこうにか
- 作者
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行尊
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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思ひ出でてもしも尋ぬる人もあらば ありとな言ひそ定めなき世に
- 次の歌
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いつか我み山の里の寂しきに あるじとなりて人に問はれむ