憂き世をば出づる日ごとに厭へども
いつかは月の入る方を見む
- 歌の意味
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つらいこの世を、日の出るたびに毎日厭っているけれども、いつになったら月の入る西の方、極楽浄土を見ることができるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1841
詞書「題しらず」
憂き世を厭う歌である。日の出るたびに毎日この世を厭っているが、いつになったら月の入る西方、極楽浄土を見られるのか、と詠む。日の出と月の入りとを対比し、日々世を厭いながら浄土への往生を願う心を述べている。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「八条院高倉」は、八条院に仕えた女房である。八条院は鳥羽天皇の皇女暲子内親王である。
初句「憂き世をば」は、つらいこの世を、の意である。「をば」で強く取り立てている。
二句「出づる日ごとに」は、日の出るたびに、毎日、の意である。東から出る日と、四句の西へ入る月とが対をなす。
三句「厭へども」は、厭うけれども、の意である。「ども」は逆接の接続助詞である。
四句「いつかは月の」は、いつになったら月の、の意である。「かは」は疑問を表す。
結句「入る方を見む」は、月の入る西の方を見るだろうか、の意である。月の沈む西方に極楽浄土を重ね、往生を願う心で結んでいる。
いとふ:嫌って避ける。世を嫌う
- 作者
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八条院高倉
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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長らへて生けるをいかにもどかまし 憂き身のほどをよそに思はば
- 次の歌
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情けありし昔のみなほ忍ばれて 長らへまうき世にも経るかな