暮るる間も待つべき世かはあだし野の
末葉の露に嵐立つなり
- 歌の意味
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日の暮れる間さえ待てる世であろうか。あだし野の葉末の露に、嵐が吹き立っているようだ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌下 1847
詞書「百首歌に」
無常を詠む歌の二首目である。日の暮れるまでさえ待てる世ではない、あだし野の葉末の露に嵐が吹き立っている、と詠む。葬送の地あだし野の露を嵐が吹き散らすさまに、命の一瞬の危うさを示している。詞書によれば、百首歌の中の歌である。
作者の「式子内親王」は、後白河天皇の皇女で、賀茂の斎院を務めた。のちに出家した。
あだし野は山城国、京の嵯峨の奥にある地で、古くから葬送の地として知られ、無常を象徴する歌枕である。
初句「暮るる間も」は、日が暮れるまでの間さえ、の意である。朝の露が夕べまでももたないことを思わせる。
二句「待つべき世かは」の「かは」は反語で、待てる世であろうか、待てはしない、の意となる。ここで句切れとなる。
三句「あだし野の」は、葬送の地の歌枕である。「あだし」は、はかない意の「徒し」に通じる。
四句「末葉の露に」は、草の葉先に置く露に、の意である。前歌の消える白雲に続き、消えやすい露を置く。
結句「嵐立つなり」の「なり」は、音によって推定する助動詞である。嵐の音が聞こえ、露が今にも散ろうとしていることを示し、一瞬の命の危うさを伝えている。
すゑば:草木の葉先
あだし:はかない。むなしい
- 作者
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式子内親王
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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世の中を思ひつらねてながむれば むなしき空に消ゆる白雲
- 次の歌
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津の国のながらふべくもあらぬかな 短き葦のよにこそありけれ