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知るらめや今日の子の日の姫小松
生ひん末まで栄ゆべしとは

歌の意味
知っているだろうか、今日の子の日の姫小松よ。これから生い育つ末の世まで、栄えるにちがいないということを。
鑑賞
巻第十九 神祇歌 1852

詞書「この歌は日吉社司、社頭の後ろの山にまかりて子日して侍りける夜、人の夢に見えけるとなん」
 神々の詠んだ歌、すなわち神詠を収める一連の一首目で、巻第十九の巻頭歌である。子の日に引く姫小松に呼びかけ、生い育つ末の世まで栄えるはずだと告げる歌である。左注によれば、日吉社の社司が社殿の後ろの山で子の日の遊びをした夜、人の夢に現れた歌という。神が小松の行く末を言祝ぐ形で、社司とその一門の繁栄を約束している。
 この歌には詞書がなく、歌の後に左注が付く。本テキストではこの左注が次歌の番号の下に置かれているが、内容から本歌の左注にあたるため、ここでは本歌の詞書として引く。
 作者名は原文に記されていない。左注により日吉社の神の詠とされる。日吉社は近江国坂本(今の滋賀県大津市)に鎮座する神社で、比叡山延暦寺の守護神として崇敬された。
 子の日は、正月の初めの子の日に野に出て小松を引き、若菜を摘んで長寿を祝う行事である。

 初句「知るらめや」は、知っているだろうか、の意である。現在推量の助動詞「らむ」の已然形「らめ」に係助詞「や」が付き、問いかけの形をとる。初句で切れる初句切れの歌で、神が小松に直接語りかける口調となっている。
 二句「今日の子の日の」は、正月の初子の日の行事を指す。神祇の巻が新春の祝いの景から始まる配置である。
 三句「姫小松」は、小さく若い松である。子の日に引く小松を「姫」と呼んで愛でる。本巻の第千八百五十六首の「住の江の松」と、神詠の一連の中で松が響き合う。
 四句「生ひん末まで」は、これから生い育つ遠い将来まで、の意である。「ん」は推量の助動詞「む」である。第千八百五十六首の「生ひかはりぬる」と、松の生長を詠む点で対応する。
 結句「栄ゆべしとは」は、栄えるにちがいないということを、の意である。「とは」で初句の「知るらめや」に返る倒置の形である。本巻の第千八百五十四首の「今ぞ栄えん」と「栄ゆ」の語を共有し、ともに神が繁栄を予言する。

ねのひ:正月の初子の日。野に出て小松を引き長寿を祝った
ひめこまつ:小さな松。姫松ともいう
しやし:神社に仕える神職。社司と書く
しやとう:神社の社殿のあたり。社頭と書く
作者
日吉明神(左注による)
出典
新古今和歌集
前の歌
世の中はとてもかくても同じこと 宮も藁屋も果てしなければ
次の歌
情けなく折る人つらし我が宿の あるじ忘れぬ梅の立ち枝を