いかばかり年は経ねども住の江の
松ぞふたたび生ひかはりぬる
- 歌の意味
-
どれほども年は経ていないけれども、住の江の松はもう二度生え変わったのだ。
- 鑑賞
-
巻第十九 神祇歌 1856
詞書「この歌はある人住吉に詣でて、人ならば問はましものを住の江の松はいくたび生ひかはるらんと詠みて奉りける御返事となんいへる」
神詠を収める一連の五首目である。さほど年は経ていないのに、住の江の松はもう二度生え変わったと答える歌である。左注によれば、ある人が住吉に詣でて「人ならば問はましものを住の江の松はいくたび生ひかはるらん」と詠んで奉ったのに対する、神の返歌という。人の身では計りきれない長い歳月も、神にとってはわずかな時にすぎないことを示している。
この歌には詞書がなく、歌の後に左注が付く。本テキストではこの左注が次歌の番号の下に置かれているが、内容から本歌の左注にあたるため、ここでは本歌の詞書として引く。
作者名は原文に記されていない。左注により住吉の神の詠とされる。
ある人の歌は、松が人であれば尋ねもしようが、住の江の松は何度生え変わったのだろうか、という問いかけである。神はこの問いの「生ひかはる」をそのまま受けて答えている。
初句「いかばかり」は、どれほど、の意で、打消しと結んで、いくらも〜ない、の意となる。
二句「年は経ねども」は、年は経ていないけれども、の意である。打消しの助動詞「ず」の已然形「ね」に接続助詞「ども」が付く。神にとってはわずかな年月であるという。
三句「住の江の」は、摂津国の住吉の入江を指す歌枕で、松の名所として知られる。前歌に続き、住吉の神の歌が並ぶ。
四句「松ぞふたたび」は、松が二度も、の意である。係助詞「ぞ」は結句で受ける。ある人の問いの「いくたび」に「ふたたび」と数で答えている。
結句「生ひかはりぬる」は、生え変わってしまった、の意で、「ぞ」を完了の助動詞「ぬ」の連体形「ぬる」で結ぶ係り結びである。問いの歌の「生ひかはるらん」をそのまま受ける。本巻の第千八百五十二首の「生ひん末まで」と、松の生長を詠む点で対応する。
すみのえ:摂津国住吉の入江。松の名所の歌枕
おひかはる:古い木が枯れて新しく生え変わる
- 作者
-
住吉明神(左注による)
- 出典
-
新古今和歌集
- 前の歌
-
夜や寒き衣や薄き片削ぎの 行き合ひの間より霜や置くらん
- 次の歌
-
睦まじと君はしらなみ瑞垣の 久しき世より斎ひ初めてき