我頼む人いたづらになしはてば
また雲分けて上るばかりぞ
- 歌の意味
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私を頼みとする人を、むなしく終わらせてしまうならば、私はまた雲を分けて天に上るばかりだ。
- 鑑賞
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巻第十九 神祇歌 1861
詞書「賀茂の御歌となん」
神詠を収める一連の十首目である。自分を頼みとする人の願いをむなしく終わらせるようなら、自分はまた雲を分けて天に帰るばかりだ、と詠む歌である。左注は賀茂の神の歌と伝えるのみで、詠まれた事情は記されていない。頼む人を決して見捨てないという、神の強い誓いを表している。
この歌には詞書がなく、歌の後に左注が付く。本テキストではこの左注が次歌の番号の下に置かれているが、内容から本歌の左注にあたるため、ここでは本歌の詞書として引く。
作者名は原文に記されていない。左注により賀茂の神の詠とされる。賀茂社は山城国に鎮座する上賀茂、下鴨の両社で、平安京の守護神として朝廷の崇敬を受けた。
初句「我頼む」は、私を頼りにする、の意である。「我」は頼みとされる側で、神自身を指す。
二句「人いたづらに」は、人をむなしく、の意である。前歌までの熊野の神の歌が参詣者を励ましたのを受け、神を頼む人への思いが続く。
三句「なしはてば」は、すっかりそうしてしまうならば、の意である。「はつ」は、し終える、の意の補助動詞で、その未然形に「ば」が付いて仮定を表す。
四句「また雲分けて」は、再び雲を分けて、の意である。「また」とあるのは、神がかつて天から降ってこの地に鎮まったことを前提とする。
結句「上るばかりぞ」は、天に上るだけだ、の意で、文末の「ぞ」で強く言い切る。頼む人を見捨てるなら地上にとどまる意味はないと述べ、裏返しに守護の誓いを示す。次歌の「映るばかりの」と「ばかり」の語を共有し、賀茂の神の歌が二首並ぶ。
なしはつ:すっかり〜にしてしまう
たのむ:頼りにする
- 作者
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賀茂明神(左注による)
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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思ふこと身にあまるまでなる滝の しばしよどむを何恨むらん
- 次の歌
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鏡にも影みたらしの水の面に 映るばかりの心とを知れ