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鏡にも影みたらしの水の面に
映るばかりの心とを知れ

歌の意味
鏡に映るように、影を見る御手洗川の水面に、そのまま映るほどの心であると知れ。
鑑賞
巻第十九 神祇歌 1862

詞書「これ又賀茂に詣でたる人の夢に見えけるといへり」
 神詠を収める一連の十一首目である。鏡に映るように、御手洗川の水面にそのまま映るほどの心であると知れ、と告げる歌である。左注によれば、これも賀茂に詣でた人の夢に現れた歌という。参詣する人の心は、神の前では水面に映る影のように隠れなく見えているのだと示している。
 この歌には詞書がなく、歌の後に左注が付く。本テキストではこの左注が次歌の番号の下に置かれているが、内容から本歌の左注にあたるため、ここでは本歌の詞書として引く。
 作者名は原文に記されていない。左注により、前歌に続いて賀茂の神の詠とされる。
 御手洗川は賀茂社の境内を流れる川で、参詣者が手を洗い身を清める川として知られる。

 初句「鏡にも」は、鏡にも映るように、の意である。神の前に人の心が明らかに映し出されることを、鏡にたとえる。
 二句「影みたらしの」の「みたらし」は、影を「見」る意と「御手洗」とを掛ける掛詞である。
 三句「水の面に」は、水面に、の意である。「おも」の母音を含む六音の字余りである。
 四句「映るばかりの」は、そのまま映るほどの、の意である。前歌の「上るばかりぞ」と「ばかり」を共有する。
 結句「心とを知れ」は、心であると知れ、の意である。「と」に間投助詞「を」が付いて語調を強め、命令形「知れ」で結んで、神が人に直接告げる口調となる。次歌の「人の心を」と、人の心を詠む点で呼応する。

みたらし:影を「見」る意と「御手洗」を掛ける。御手洗は参詣者が手を洗い清める所
おも:表面
作者
賀茂明神(左注による)
出典
新古今和歌集
前の歌
我頼む人いたづらになしはてば また雲分けて上るばかりぞ
次の歌
ありきつつ来つつ見れどもいさぎよき 人の心を我忘れめや