- 歌の意味
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白波に乗って玉依姫がやって来たのは、この渚がついに行き着く泊まりであったからだろうか。
- 鑑賞
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巻第十九 神祇歌 1865
詞書「延喜六年日本紀竟宴に、神日本磐余彦天皇」
日本紀竟宴で詠まれた歌を収める一連の一首目である。白波に乗って玉依姫がやって来たのは、この渚が最後に行き着く泊まりだったからだろうか、と推し量る歌である。詞書によれば、延喜六年(906)の日本紀竟宴で、神日本磐余彦天皇を題として詠まれた。神話の女神の来訪を、船が港に着くさまになぞらえて詠んでいる。
本テキストでは、この詞書の前に前歌の左注が続けて置かれている。また詞書は「神日本磐弱余彦天皇」と記すが、「弱」は余分な字とみられ、ここでは神日本磐余彦天皇の表記をとる。
作者の大江千古は、平安時代前期の儒者で、大江音人の子である。
日本紀竟宴は、朝廷で『日本書紀』の講義が終わったのちに催された宴で、書紀に登場する神や人物を題として和歌を詠んだ。
神日本磐余彦天皇は神武天皇のことで、玉依姫はその母にあたる海神の娘である。歌は玉依姫を詠んでおり、伝本の注記には実際の題を玉依姫とするものがある。
なお本文の四句は「渚やつひに」とあり、読み仮名の行の「なぎさやつひの」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「白波に」は、白波に乗って、の意である。玉依姫が海の彼方から波を越えて来たことをいう。前歌の「立つ白波の」と「白波」の語を共有し、神詠の一連から竟宴の一連へと海の景でつながる。
二句「玉依姫の」は、海神の娘で、神武天皇の母となった女神を指す。
三句「来しことは」は、やって来たことは、の意である。過去の助動詞「き」の連体形「し」を用い、神代の出来事として語る。
四句「渚やつひに」は、渚がついに、の意である。係助詞「や」は結句で受ける疑問である。玉依姫の夫となった鸕鶿草葺不合尊は、『日本書紀』で彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊と記され、名に「波瀲(なぎさ)」を含む。「渚」の語はこの名と通う。
結句「泊りなりけん」は、泊まり所であったのだろうか、の意である。「や」を過去推量の助動詞「けん」の連体形で結ぶ係り結びである。「泊り」は船が停まる港をいい、白波と渚の縁から船旅の語で結ぶ。
とまり:船が停泊する所、港
きやうえん:書物の講義が終わったあとに催す宴。竟宴と書く
なぎさ:波の打ち寄せる所
- 作者
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大江千古
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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西の海立つ白波の上にして 何過ぐすらん仮のこの世を
- 次の歌
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久方の天の八重雲ふり分けて 下りし君を我ぞ迎へし