嬉しさも哀れもいかに答へまし
故郷人に問はれましかば
- 歌の意味
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もし故郷の都の人に尋ねられたならば、うれしさも、しみじみとした悲しさも、どのように答えたことだろう。
- 鑑賞
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巻第十九 神祇歌 1873
詞書「公継卿勅使にて太神宮に詣でて、帰り上り侍りけるに、斎宮の女房の中より申し送りける」
伊勢の大神宮にかかわる一連の三首目で、次歌と贈答をなす。故郷の都の人に尋ねられたなら、うれしさも悲しさもどう答えたろうかと詠む歌である。詞書によれば、公継が勅使として大神宮に参り、都へ帰るときに、斎宮に仕える女房たちの中から送った歌である。反実仮想の形で、実際には問われなかったことへの思いを伝えている。
作者は「読人しらず」とあり、斎宮に仕えた女房の一人であるが、名は伝わらない。
公継は徳大寺実定の子の藤原公継で、のちに左大臣となった。斎宮は、天皇の代替わりごとに選ばれて伊勢の大神宮に仕えた未婚の皇女、またその御所をいう。
初句「嬉しさも」は、うれしい気持ちも、の意である。
二句「哀れもいかに」は、しみじみとした悲しさも、どのように、の意である。「嬉しさ」と「哀れ」を並べ、都の人に接する喜びと、都を離れて暮らす身の悲しみとが交錯する心を示す。
三句「答へまし」は、答えたことだろう、の意である。反実仮想の助動詞「まし」を用い、ここで切れる三句切れである。
四句「故郷人に」の「故郷人」は、故郷の人、ここでは都から来た勅使を指す。斎宮に仕える女房にとって、都が故郷である。
結句「問はれましかば」は、もし尋ねられたならば、の意である。「ましかば〜まし」の反実仮想の形で、三句と倒置になっている。実際には尋ねられなかったことを含み、勅使の公継に対する恨みを柔らかく伝える。
さいぐう:伊勢の大神宮に仕えた未婚の皇女。またその御所
ふるさとびと:故郷の人。ここでは都の人
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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契りありて今日宮川の木綿鬘 長き世までもかけて頼まん
- 次の歌
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神風や五十鈴川波数知らず すむべき御代にまたかへり来ん