- 歌の意味
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眺めたいものだ。神路山に雲が消えて、夕べの空に出てくるであろう月の光を。
- 鑑賞
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巻第十九 神祇歌 1875
詞書「太神宮の歌の中に」
伊勢の大神宮にかかわる一連の五首目である。神路山にかかる雲が消え、夕べの空に昇るであろう月を眺めたいと願う歌である。詞書によれば、大神宮を詠んだ歌の中の一首である。雲の晴れた空の月に、神の光の曇りなさを重ねている。
作者の「太上天皇」は後鳥羽院である。高倉天皇の皇子で、譲位ののち院政を行い、『新古今和歌集』の編纂を命じた。
神路山は伊勢の内宮の南にそびえる山で、五十鈴川の源となる。
初句「眺めばや」は、眺めたいものだ、の意で、願望の終助詞「ばや」で切れる初句切れである。
二句「神路の山に」は、内宮の神域の山である神路山を指す。
三句「雲消えて」は、雲が消え去って、の意である。神の光をさえぎるもののないさまを示す。
四句「夕べの空を」は、夕べの空を渡って、の意である。
結句「出でん月影」は、出てくるであろう月の光、の意で、体言止めである。推量の助動詞「ん」の連体形で「月影」に続く。初句の「眺め」の対象が最後に置かれる倒置の形である。本巻の第千八百七十八首の「神路山月さやかなる」と、神路山の月を詠む点で通う。
つきかげ:月の光
かみぢやま:伊勢の内宮の南にある山。五十鈴川の源
- 作者
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後鳥羽院
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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神風や五十鈴川波数知らず すむべき御代にまたかへり来ん
- 次の歌
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神風や豊御幣になびく四手 かけて仰ぐと言ふもかしこし