さやかなる鷲の高嶺の雲居より
影やはらぐる月読の森
- 歌の意味
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明らかに照る霊鷲山の高嶺の空から、その光を和らげて射している、月読の森であることよ。
- 鑑賞
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巻第十九 神祇歌 1879
詞書「伊勢の月読の社に参りて、月を見て詠める」
伊勢の大神宮にかかわる一連の九首目である。霊鷲山の高嶺の空からさやかに照る月が、光を和らげて月読の森に射していると詠む歌である。詞書によれば、伊勢の月読の社に参り、月を見て詠んだ歌である。仏が光を和らげて神として現れるという考えを、月の光に託している。
原文には作者名が記されておらず、前歌の作者の西行に続く歌として扱う。
月読の社は、月読命を祀る伊勢の内宮の別宮である。
鷲の高嶺は、釈迦が法華経を説いたとされる天竺の霊鷲山をいう。仏や菩薩が光を和らげ、姿を変えて日本の神として現れるという本地垂迹の考えを、「影やはらぐる」の句で示している。
初句「さやかなる」は、明らかな、の意である。前歌の二句「月さやかなる」と語を共有する。
二句「鷲の高嶺の」は、霊鷲山の高い峰の、の意である。仏の世界を象徴する山で、前歌の神路山と対応する。
三句「雲居より」は、空の高みから、の意である。
四句「影やはらぐる」は、光を和らげる、の意である。仏が光を和らげて神として現れる和光同塵の考えを踏まえる。
結句「月読の森」は、月読の社の森で、体言止めである。月を名に持つ神の社に月の光が射すという、名と景との照応がある。次歌の慈円の歌が「やはらぐる」を初句に置き、同じ考えを受け継ぐ。
わしのたかね:釈迦が法華経を説いたとされる霊鷲山
くもゐ:空、空の高い所
やはらぐ:和らげる。ここでは仏が光を和らげて神として現れる意
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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神路山月さやかなる誓ひありて 天の下をば照らすなりけり
- 次の歌
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やはらぐる光にあまる影なれや 五十鈴川原の秋の夜の月