やはらぐる光にあまる影なれや
五十鈴川原の秋の夜の月
- 歌の意味
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和らげた光にもなお余るほどの輝きだからであろうか。五十鈴の川原に照る秋の夜の月は。
- 鑑賞
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巻第十九 神祇歌 1880
詞書「神祇歌とて詠み侍りける」
伊勢の大神宮にかかわる一連の十首目である。五十鈴の川原に照る秋の夜の月は、和らげた光にもなお余る輝きなのだろうかと詠む歌である。詞書によれば、神祇の歌として詠んだ歌である。仏が光を和らげて神となってもなお、その光が余りあることを、月の明るさに託している。
作者の「前大僧正慈円」は、藤原忠通の子で、九条兼実の弟にあたる。天台座主を四度つとめ、歴史書『愚管抄』を著した。
初句「やはらぐる」は、光を和らげる、の意である。前歌の「影やはらぐる」を受け、仏が光を和らげて神として現れる考えを初句に置く。
二句「光にあまる」は、和らげた光にもなお余る、の意である。
三句「影なれや」は、光だからであろうか、の意である。已然形「なれ」に係助詞「や」が付いて、原因を推し量る疑問となる。ここで切れる三句切れである。
四句「五十鈴川原の」は、内宮を流れる五十鈴川の川原の、の意である。
結句「秋の夜の月」は体言止めである。前歌の月読の森の月から、五十鈴川原の月へと、伊勢の神域の月を詠む歌が続く。
いすずがはら:伊勢の内宮を流れる五十鈴川の川原
かげ:光
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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さやかなる鷲の高嶺の雲居より 影やはらぐる月読の森
- 次の歌
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立ち返りまたも見まくのほしきかな 御裳濯川の瀬々の白波